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その2

■鎌倉で布教を始める
建長6年(1254) 33歳
■「立正安国論」の諫言
文応元年(1260)7月16日 39歳
国家に対して、正しい仏教による世情の安泰を進言された。この年の8月27日、浄土教徒によって、松葉が谷ご草庵が焼き討ちされた。(松葉が谷御法難)


■伊豆御法難
弘長元年(1261)5月12日 40歳
伊豆法難の時、川奈の船守弥三郎夫婦によって、手厚くかくまわれる。

■小松原御法難
文永元年(1264)11月11日 43歳
小松原にて、地頭東条景信をはじめ、数百人の念仏者によって、襲撃を受け、駆けつけた信者の工藤吉隆と弟子数人が討たれたが、宗祖はきずを負われながらも難を逃れられた。


■竜の口御法難
文永8年(1271)9月12日 50歳
佐渡に流される途中で竜の口へさしかかった時ここで宗祖の命を断とうと、急遽斬首の刑に処そうとしたが、いままさに刀を振り下ろそうとした時、江ノ島の方向から月のような光が到来し、兵士たちの目はくらみ、おそれおののき処刑どころではなくなった。



佐渡の流罪中、大聖人を襲撃する阿仏房ではあったが、夫婦揃って信者となり、後に大聖人が見延に入山されてからも90歳で亡くなるまで、遠い佐渡の国から三度も見延に大聖人を訪ねられている。

■佐渡への流罪「塚原三昧堂」
文永8年(1271) 10月10日
依智御出発
10月28日
佐渡御到着

 


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